歴史を知る

ロールケーキと植民地争奪戦

ロールケーキの話をすると、中世の大航海時代にて繰り広げられていた植民地争奪戦の話題に触れることになる。唐突に、しかもお菓子と全く関係のないような話題を出したが、実は無関係ではない。なぜなら、この時にロールケーキもそうだが、お菓子の原点となるケーキが誕生した時代と考えられているからです。一見すると繋がりがない、そう感じるかも知れませんがこの問題において重要視された作物が一つあります。それは日本は東京においても多数栽培され続けている『砂糖きび』だ。砂糖きびは御存知の通り、砂糖の原材料であり、今となっては日常生活においてもあって当たり前のものとなっている。当時は砂糖なんてものは高価な代物で庶民の家庭にはまず、砂糖のさの字も見当たらないくらいでした。砂糖の原料になっている砂糖きび、植民地という支配地域を拡大していく一方でこの作物を中南米地域を中心とした地域で栽培しようという試みが行われていたのです。

これにより、砂糖を用いた甘味類のお菓子を作り出す技術は革新的なほどに向上していき、やがて初期のスポンジケーキが作り出されます。日本にもそれから少し遅れて伝来した砂糖を使用したお菓子がある、こちらも日本人にしたら定番どころな『カステラ』だ。日本のスポンジケーキの原点はカステラであり、お菓子と呼ぶものはここから始まったと言われています。一つ注意しておくと、伝来したスポンジケーキを元にして作られたのがカステラで、原型こそ異なりますが純日本製のお菓子であることに変わりありません。

ここから驚異的に発達していく、そう思いたいところですがお菓子を食べないと生きていけない人はいないでしょう。特に中世のこの時代においては、そもそも甘い食べ物を食すという発想すらなかったのではないでしょうか。だからこそ贅沢品として見られていて、また当時の人も人が生きていく上で必要なものではない、そう結論づけられたのでした。ではここからどのように発展していくのか見つつ話をしていこう。

初期のロールケーキとは

ロールケーキといえば、うす広く焼いて完成したスポンジにクリームを塗っていき、形が崩れないように巻いていくものを想像するでしょう。起源こそ定かではないですが、この作り方はケーキという概念が登場した黎明期頃には既に一般的な作り方として普及していたと、考えられています。なので現在までに展開されているロールケーキは、500年以上続く伝統的で、シンプルながら定番どころの作り方となっている。

ただ当初ケーキなどのお菓子については、食べなければ健康を害するものであるというものではなく、あくまで趣向品の類だから無理に食べなくてもいいとされていた。そのため、今でこそスポンジケーキに生クリームを始め、果物が沢山乗っている色鮮やかなケーキが出来上がるまでかなりの時間を要したといいます。ですが文化的に発達していく中でケーキもアレンジするように技術が展開していき、現在ケーキと呼ばれるものの原型が完成されていったと、そう言われているのです。

その中でもロールケーキの場合はアレンジがとてもききやすく、シンプルでありながらどのようにコーディングしても美味しく仕立てられる、というイイトコどりだった。意外な歴史とも言えますが、冷静になって考えると、糖分を摂取しないといけないというのは現代的な考え方なのかもしれません。

こぼれ話として

ちなみに、ケーキをアレンジするという発想が出始めた頃に生まれたのが『クリスマスケーキ』とも言われています。神の子の生誕を祝いつつ食べるもの、なんて信仰を抱いて食べる日本人は滅多にいないでしょう。元々クリスマスケーキも、神様へと捧げる供物の一種として扱われていた。ですが神様へ贈るにしてはあまりに質素すぎるという問題も重なってしまい、見た目を何とか出来ないかと考えられたのです。それにより、現在のような派手ともいえるくらい鮮やかなクリスマスケーキが出来上がっていき、祝の日に相応しいケーキとなっていったのです。

またそんなケーキは儀式の後、皆で分かち合いつつ美味しく召し上がっていたと言われている。多分だが、何処かではケーキの大きさを競っていた子どもや大人がいたのではないかと睨んでいる。

ロールケーキのイメージとして

日本のロールケーキについて話をすると、どうしてもバニラ味のものが定番どころだと思ってしまいますが、間違ってはいないでしょう。ロールケーキも史実上で登場したばかりの頃はとても質素なものでしたが、職人らの研鑽によってロールケーキ1つ驚異的とも言える発展を遂げていきました。それこそ、こんなロールケーキ見たことがないというような商品も数々開発されているので、奥が深い。アリンコロールにしてもそうだったが、オリジナリティ溢れるケーキを作るとなったら職人の発想1つで様々な可能性へと広げてしまう職人芸は大したものだ。